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耐震補強と聞くと、壁を増設したり鉄骨ブレースを取り付けたりする「足す」工事を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし実際の耐震補強では、既存のコンクリート壁をあえて切り離すことで建物の耐震性を高めるという手法も用いられます。それが耐震スリット(構造スリット)です。
スリットはコンクリートを数十mm幅で正確に切り込む工事であり、施工の主役はカッター工事による切断です。壊さずに切るという特性が求められるため、コンクリート切断技術の精度がそのまま補強品質に直結します。
この記事では、耐震補強でスリットを設ける理由と種類、あと施工スリットにコンクリート切断が選ばれる理由、施工の流れと注意点を整理して解説します。
耐震スリットとは、柱や梁と、その周囲に取り付く腰壁・垂れ壁・そで壁との間に設ける隙間のことです。構造上の主要な骨組みである柱・梁と、構造計算に算入しない壁(雑壁)を切り離し、地震時に柱が本来の変形性能を発揮できるようにすることを目的としています。
新築時に打設段階から専用のスリット材を仕込むものを構造スリット、既存建物に対して後からコンクリートを切断して設けるものをあと施工スリットと呼びます。耐震補強工事で扱うのは後者です。
柱に腰壁や垂れ壁が一体で取り付いていると、柱が変形できる範囲がその壁の分だけ短くなります。これを短柱化といいます。柱は長いほど粘り強く変形して地震力を逃がせますが、短くなるほど変形しにくくなり、せん断力が集中します。
その結果、地震時に柱が斜めのひび割れを伴って一気に破壊されるせん断破壊が起こりやすくなります。過去の地震被害でも、垂れ壁・腰壁が付いた柱のせん断破壊が数多く確認されてきました。
そこで柱と雑壁を縁切りし、柱を設計どおりの長さで変形させることで、粘り強く地震力を受け止められる構造に戻します。壁の耐力を足すのではなく、余計な拘束を取り除くのがスリットの考え方です。
なお、1981年の新耐震基準以降に設計された建物ではスリットの設置が一般化していますが、それ以前の建物では設けられていないケースが多く、耐震診断の結果を受けてあと施工スリットが選定されることがあります。
あと施工スリットは、壁厚をどこまで切り離すかで大きく2種類に分かれます。切断範囲が変わると必要な工法や仮設計画も変わるため、まず違いを押さえておきましょう。
| 種類 | 内容 | 施工上の特徴 |
|---|---|---|
| 完全スリット | 壁厚を貫通させ、柱と壁を完全に縁切りする | 両面からの作業が必要になりやすく、屋内側への立ち入りや家財移動が発生する |
| 部分スリット | 壁の一部(残存部)を薄く残したまま縁切り効果を得る | 片側からの施工が可能な工法もあり、建物を使用しながら施工しやすい |
また、切り込む方向によって、柱と壁の間に縦方向に入れる鉛直スリットと、梁と壁の間に横方向に入れる水平スリットに分けられます。どの位置にどの幅で入れるかは構造設計者が決定し、設計図書に指定されます。
近年は、片側から高精度に部分スリットを設けることで完全スリットと同等の補強効果を得る工法も実用化されており、住みながらの耐震補強が可能な手段として集合住宅・学校・病院・事務所などで採用が進んでいます。
スリット工事は「残す部分を傷めずに、決められた線だけを切る」工事です。ブレーカーによるはつりでは打撃で躯体全体に衝撃が伝わり、残存部にひび割れを生じさせるおそれがあります。補強のための工事で既存躯体を痛めては本末転倒になるため、切断系の工法が前提となります。
耐震補強の対象となるのは、多くの場合すでに使われている建物です。分譲マンション、学校、病院、庁舎などは工事のために建物を空けることが難しく、居住や業務を続けながらの施工が前提になります。
ダイヤモンドブレードやワイヤーによる切断は打撃を伴わないため、はつり作業に比べて振動が小さく、騒音も抑えられます。上下階や隣戸への振動伝達を抑えられることが、使用中の建物でスリット工事を成立させる条件になります。
スリットは設計図書で位置・幅・深さが指定されます。とくに部分スリットでは残存部の厚みが補強効果を左右するため、切り込み深さの管理精度が重要です。
カッター工事ではガイドレールやガイド治具を用いて切断線を固定できるため、直線精度と深さを安定して確保できます。切りすぎず、切り足りない箇所も残さない管理ができる点が、精度が要求されるスリット工事に適した理由です。
既存建物での施工では、内装仕上げ、什器、電気設備を粉塵から守る必要があります。湿式切断や集塵機付きのカッターカバーを用いることで、切断時の粉塵飛散を抑えながら作業を進められます。
一方で湿式では切断水(汚泥水)が発生します。処理方法は事前に決めておく必要があるため、詳しくはカッター工事をした後の汚泥水処理の方法もあわせてご確認ください。
| 工法 | スリット工事での使いどころ |
|---|---|
| ウォールソーイング工法 | 壁面にレールを固定して直線を高精度に切断。鉛直・水平スリットの本切断に適する |
| ワイヤーソーイング工法 | 厚壁や機械を設置しにくい取り合い部の切断に対応。振動が小さい |
| コアードリリング工法 | 連続穿孔でスリットを形成。ブレードが届かない隅角部や端部の処理に有効 |
| ハンドカッター | 小規模な切り込みや仕上げの追い切りに使用。作業範囲が限られる |
| ブレーカー(はつり) | 振動・粉塵が大きく残存部を傷めるおそれがあるため、スリット本体の形成には不向き |
切断によって範囲を限定しながら躯体を扱う考え方は、コンクリートの部分解体の工法や構造体を残す解体工法とも共通しています。
あと施工スリットは、切断そのものよりも前後の工程に手間がかかります。一般的な流れは次のとおりです。
スリットは壁に隙間を設ける工事であるため、耐火・防水・遮音性能の復旧までが一連の工程です。切断だけで完了する工事ではない点を押さえておきましょう。
スリットは建物の構造挙動を意図的に変える工事です。判断を誤ると耐震性を損なうおそれがあるため、次の点に注意が必要です。
また、旧耐震基準の建物では石綿含有建材が使われている可能性があります。壁面の仕上塗材なども対象になり得るため、着工前に事前調査の要否を確認しておきましょう。
耐震補強のスリット工事は、柱に取り付く腰壁・垂れ壁を縁切りして短柱化を解消し、柱本来の変形性能を取り戻す工事です。壁を足す補強と異なり、既存躯体を傷めずに指定された線だけを正確に切ることが品質の要件になります。
そのため、打撃を伴わず、位置と深さを管理しながら切断できるカッター工事が中心的な役割を担います。低騒音・無振動で粉塵も抑えられることから、居住や業務を続けながらの耐震補強とも相性がよい工法です。
耐震診断の結果を受けてスリット工事を検討する際は、設計図書で指定された切断範囲と現場条件を整理したうえで、コンクリート切断の実績がある専門業者へ相談しましょう。